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最近、他方で同じような話をする
思い起こせば、だいぶ以前から同じ話を聞く


誰のために

何のために


ボランティアってなんだ?
災害支援てなんだ?


簡単なこと
ただの人助け

人助けに理由はいらない

困っている人に手を貸すのはフツーのこと

上からでも下からでもなく同等だ
いつでも立場は逆転する

善人でも英雄でもなんでもない
スゴイことでもない


時に
自らすすんでする行為だから
他人にとやかく言われる筋合いはない という人がいる

そうではない


ボランティア、手伝い、支援だからといって
なんでもアリではない

相手が望むことに応えることが前提で
それが妥当かどうかが問題だ

そういうルールの元に行うものであって
思いのままにやりたいことをやるのとは違う

だから他人にとやかく言われることもあれば常識を問われることもある

至極当然


不思議なもので
金と時間にゆとりがあるヤツがボランティアをしている というヤツがいる

そんなことはない

金にゆとりがある人は金を使い時間(体)は使わない

では、金がない人が時間(体)を使うのか

いや、そうでもない


金がない人は体も時間も使えない


わずかばかりの金を他人のために
わずかばかりの時間を誰かのために

だから誰もが続けるのが大変だ
決して楽じゃない

周りは呑気に頑張れという
無責任に続けろという

一回限りならまだしも
それを続けるには
自身の覚悟と努力
周りの理解と支えが必要だ


災害(復興)ボランティアを行う、続ける人、団体はいる

自分ができないなら、やってもらうなら
時間(体)の代わりに金を

自分ができるなら、共にやるなら
金と時間(体)を

いずれにしても口だけでは事は動かず何も成し得ない

行為する人は無償だが
代価はある


だったら止めればいいという
確かにそうかもしれない

人助けはビジネスでも一過性の流行りものとは違う

向こう三軒両隣り

やるやらないは、個々の考えであり、自由だ
人により応援の仕方も違うだろう
ただ、現地に足を運ぶこと
人力としてのボランティアが求められているとすれば
現地に行ってこそナンボの世界
そして
そのようなボランティアに対する支えも必要と思う

思うことは
押しつけではなく願いとして
労力の提供者とそれを支える人たち
どちらも一人でも多くいてほしい


国による制度や仕組みも大事なことかもしれないが

それよりも、周囲の理解と支え、その環境が必要だ